「勉強してきたことは無駄にならない。
今すぐ受けなくても勉強を続けていればいつか受けられる時も来る。
とりあえず外に出る練習のつもりで外部模試を受けてみたらどうか?」
俺は相談の電話をすればてっきり落ちてもいいから受けに行けと言われる
ものだと思っていた。だが、フォーサイトの人はそうは言わなかった。
模試ならとりあえず申し込んでおけば、当日行かなくてもどうってことないだろう…。そんな気持ちで俺は意を決して模試を申し込んだ。
そして、当日受けるかどうかは別として本試験にも出願をしておいた。
通学講座LECの公開模試は7月の下旬に行われた。
本番試験の約1ヵ月前だ。模試の朝はいつもより2時間早く起きた。
俺は約2年半ぶりに化粧をした。
髪を整え、ファンデーションと口紅を付けた。
俺は空白の時を超えて、本来の「私」に戻って出かける準備をした。
もちろん家族はものすごく驚いた。
「社会保険労務士の公開模試」を受けに行って来る…。
ぽつりとそれだけを告げると、母は突然涙ぐんだ。
父はただ戸惑うように「そうか…。車で送っていくか?」と言った。
「私」に戻った俺は「大丈夫、一人で行ってくる」と言って玄関に降り立った。
呼吸の乱れも、冷や汗も出ない。
俺は本当に「私」に戻れたのだろうか?
ドアを開けて外への一歩を踏み出した。
家から駅へ続く並木道の両側には青々とした葉が揺れる桜の木が続く。
朝のこの時間なのにもう蝉の音が騒がしい。
葉の隙間から斜めに差し込む光がまぶしい。
爽やかな夏の朝の空気が「おかえりなさい」と言っている。
とにかく今日はただの模試だ。
今日の出来が悪くてもクヨクヨするのはやめよう。
そう心に誓って「私」は足早に駅へ向かった。